2014年1月3日、以前から一度この目で確かめてみたかった、オランダ、アムステルダム郊外にある世界的に注目されている“認知症村”、De Hogeweyk(ホーグベイ)を視察してきました。
【De Hogeweyk(ホーグベイ)とは?】
オランダのVivium (ヴィヴィウム)社により運営されている、認知症高齢者のための居住施設。一般の認知症高齢者向け施設とは異なり、約150名の居住者が23の個別の住宅に住み、入居者がそれぞれ自分の望む生活スタイルを自分のリズムで楽しみながら暮らすこと=「normal life 日常生活」をとことん重視したヴィレッジです。
施設を囲う塀はあるものの、その内側ではほとんどどこへでも行き来することができる自由なライフスタイルが注目されています。一体どうやって実現されているのか、何故そのようなモデルが可能なのか、世界中の関係者から高い関心を集めています。
【視察内容】
アムステルダムから東へ車で30分程度。静かな住宅地にひっそりと現れたホーグベイは、他の住宅と変わらぬ外観で、周囲とも調和のとれた佇まいでした。
正午時過ぎに現地到着後、認知症居住者も利用しているレストランでランチ。店内には、居住者の親族関係とみられるマダムのグループに加え、一人で座りレストランのスタッフと談笑する認知症居住者の姿が。その後、彼女の親族とみられる仲間が現れ、楽しそうに食事を楽しんでいました。
レストランは、ごく普通にあるレストランと同様の造りで、とってもおしゃれ。かっこいいランプ、テーブル、オブジェなので彩られており、テーブルの上にはキャンドルも。オブジェやキャンドルは、認知症居住者の方があやまって倒してしまったり、けがのもとにならないのかな、とつい考えてしまったりしますが、本当に普通のレストランと同じように設置されていました。なので、病院の食堂のような雰囲気は全くなく、おしゃれな音楽が流れるアットホームな空間のレストランでした。
メニューも通常のレストラン通り。スモークサーモン、生ハム、たっぷりビーフのサンドイッチなど、健康重視のヘルシーメニューといったものよりも、普通に「美味しそう!」な品々がずらり。ここが認知症高齢者用施設であることを忘れてしまいそうでした。尚、レストラの隣りには、カフェ・バーもあり、なんとここではアルコールもOK! 認知症居住者のなかにはワイン好きのマダムがおり、在庫がなくなるとスタッフが買い付けているのだとか。認知症であっても、確かにワインを楽しめたら、なんて素敵だろう!と思いつつも、安全、健康重視の大方針のもとでは、簡単ではないだろうなあ、と感じました。
ちなみに、このレストラン(及びカフェ・バー)は一般客も利用可能。後で説明を聞いたところ、入居者は施設の外には出られないので、外の方に塀の内側に来てもらって入居者と交流してほしいためとのこと。早速その発想の斬新さに驚かされました。私たちは家族でこの施設を訪れたのですが、9歳になる娘が一緒でした。その旨を事前に確認したところ、「子供も大歓迎!」とのことでした。なんと懐の深いこと。
午後1時過ぎから、今日私たちを案内してくれるEllenさんと会い、早速説明がはじまりました。Ellenさんのエネルギッシュな話は、開設の経緯、運営の特徴、理念など多岐に渡り、私たちの多くの質問にも丁寧に答えていただいたので、結局ディスカッションだけで1時間を費やしてしまいました!
十分に運営者の熱意が伝わり、私たちの気持ちもホットになったところで、いよいよ視察がはじまりました。
i.
エントランス
出入口はセキュリティロックがかけられており、1名のレセプションスタッフが出入りを管理していました。尚、当施設でカメラが設置されているのは、ここと、もう一つ非常用の出入り口の2つだけだそうです。
居住者の部屋や他の共有空間にもカメラは設置されておらず、音声感知器を通じて危険を察知する仕組みをとっているとのこと。これには少し驚きました。プライバシー重視の姿勢はヨーロッパならではとも言えますが、入居者の安全をを考えるとなかなか勇気がいることではないかと感じました。
居住者の部屋や他の共有空間にもカメラは設置されておらず、音声感知器を通じて危険を察知する仕組みをとっているとのこと。これには少し驚きました。プライバシー重視の姿勢はヨーロッパならではとも言えますが、入居者の安全をを考えるとなかなか勇気がいることではないかと感じました。
ii.
居住空間
ホーグベイでは、入居者がこれまで営んできたライフスタイルをできるだけ尊重することを重視し、現在では7つのタイプ(Urban, Cultural, Traditional, Indonesianなど) の居住スタイルを用意し、タイプ毎にレイアウトが工夫されていました。これは、70年、80年の長きにわたり培ってきた入居者それぞれのライフスタイルを、施設に入ったからと言って1つに統合させて各入居者に適応を求めるのは難しい、という運営者の経験に基づく工夫とのことです。寝室は各入居者個人で占有し、キッチン、リビング、バスルーム等は6-7名のコミュニティで共有しています。寝室の家具はベッド、クローセット等基本的なもの以外は各入居者が自分の好みで設える形をとっています。従って入居者それぞれ異なる様相のお部屋になっており、ここでも入居者の方の個性を尊重しています。無機質な病室とは全く別物。むしろ一般の住民が住んでいるお部屋と同じように見えました。現在入居者は約150人で稼働率100%、平均年齢は約82歳、男女比は3:7、とのこと。新規入居者獲得のためのマーケティング活動は行っていないにもかかわらず、常にウェイティング状態で3ヶ月から6ヶ月は待たなければいけないそうです。

iii.
庭
あいにく冬でしたので、きれいな花や、緑を眺めることはできませんでしたが、散歩するには気持ちよい景観が用意されていました。写真を見ても分かるように、とっても広々としています。ライフスタイルごとに程よい距離感が保たれつつも、散歩しながらベンチの場所も自由にレイアウトでき、居住者全体で自由に空間を共有できるようになっていました。尚、庭園には、驚くべきことに噴水、池までも配置されていました!小さな柵はあったものの、大人であれば容易に飛び越えられる高さです。万が一のことを考えてしまうと、無理のある設置のように思えますが、安全よりも景観を重視してのことでしょう。Ellenさんによると、「認知症は精神の病ではなく記憶能力の低下なので、経験したことのないことはめったにしない。従って、柵を飛び越えるようなこともめったにない」とのことでした。この考えは建物の設計から運営の方針まで一貫しており、normal lifeを実現するためのキーコンセプトだと感じました。
iv.
スーパーマーケット
日本のコンビニくらいの広さの店内に、各ライフスタイル、文化にあったバラエティに富んだ食材や日用品が陳列されていました。レジも通常のスーパーと同じように設置され、入居者は自分でお金を払って買い物をします。過大な買い物をしてしまったり、支払を忘れてしまっても、スタッフが後でサポートします。スーパーのスタッフは、単なるスーパーの店員であるだけでなく、認知症入居者の顔と行動パターンを理解し、適切に対応するよう訓練されているので、このようなサポートが可能なのでしょう。当ヴィレッジでは、250名あまりのスタッフはマルチタスクで動いており、各自の専門領域で治療に邁進することよりも、むしろ、生活全般をサポートする家族の一員のような役割を担うことが求められています。他の一般の認知症高齢者向け施設とは、スタッフに求める要素が異なるといえます。
v.
シアター
映画、演劇やゲーム等が随時開催されるそうです。視察当日は、多くの入居者がシアターに集まり、ボランティア主催のビンゴゲームに夢中になっていました。尚、ビンゴゲームでは見た目は入居者と何ら変わらぬ80歳超のボランティアリーダーのマダムが数字を読み上げていて、なんだか微笑ましい姿でした。100名を超えるボランティアのサポートもこのヴィレッジの理想を実現する大きな力になっているようです。
vi.
ジム
20畳くらいのスペースに運動用具が設えてありますが、主に運動目的というよりも、ミーティングや様々なレクリエーションを行う場として活用されているそうです。
vii.
ミュージックルーム
楽器および音響設備が備えられており、演奏、音楽鑑賞等を楽しむ場となっています。このような共用スペースは、異なるタイプのライフスタイルの居住者同士も一緒に楽しむ場となっており、お互い刺激を受け合う交流の場となっているそうです。
viii.
ツアーデスク
ホーグベイではレクリエーション開催や、居住者が趣味の合う者同士で組成するクラブ(音楽、美術など)の運営などもボランティアスタッフがサポートしています。ツアーデスクは、様々なレクリエーション企画の場として機能しています。ここではレクリエーション活動をとても重視しています。ライフスタイルにより居住空間を分けることによりコミュニティを再構築していますが、それだけでは他のコミュニティとの交流がなくなってしまうので、レクリエーション活動を積極的に利用して交流をはかっています。クラブの中には、入居者メンバー中心に基金を組成し、資金調達を独自に行って活動を楽しんでいる凄腕のグループもあるようです。それもすごい。
~終わりに~
約2時間半にわたるEllenさんによる説明および施設ガイドツアーを通じ、示唆に富むコンセプトとそれを見事に実現しているのを目の当たりにし感銘をうけると同時に、現在のモデルを最初に構想していからから約20年にわたり試行錯誤を続け、改良に改良を重ね現在の姿があることを知り、小さな成功体験の積み重ねで周囲の賛同を得ていく地道な活動の大切さを学ぶことができました。
当施設のように、認知症の高齢者を、危険から予防することや認知症の改善に注力することよりも、むしろ、彼らの望むあるがままの「日常生活」を送ることをサポートし、最期まで豊かで人間的な生活を営むことを重視する方針は、非常に理想的であり多くの人の共感が得られる可能性がある一方で、既存の規制や専門職業にありがちな固定観念とは相容れない側面もあるでしょう。それでも、豊かな人生を最期まで送る理想像の一つとして、当施設における認知症高齢者に対する取り組みは、今後の日本における介護の在り方を考えるうえで、参考にすべき点は多いように思いました。さらに言えば、このホーグベイの方針をさらに発展させ、もはや施設で囲まず、日常の市町村でも認知症高齢者がこのようなライフスタイルを実現できるのが究極の理想の姿なのではという気もしました。自然な介護に向け発想の転換が問われているかもしれぬ私たちの身の回りの環境の在り方に、当施設のモデルは一石を投じるものではないでしょうか。
(施設概要)-視察時入手資料より-
施設名 | De Hogeweyk |
運営者 | Vivium Hogewey |
土地面積 | 15,310㎡ |
延床面積 | 10,772㎡ |
居住者人数 | 約150名(男性約3割/女性約7割) |
居住者平均年齢 | 男性79.5歳、女性83.7歳 |
建設投資額 | 約19百万ユーロ |
※上記内容は視察時のヒアリングに基づくものが中心であり、必ずしも全て正確とは限らない可能性があります旨ご了承ください。
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